オルタナティブ・ライフ

人生にはもっと別のカタチがある!

引きこもりニートを脱出してからが本当の勝負だ

こんにちは。

ダメ人間のまま楽しく生きたい!ブロガーの仁です。

 

僕は以前、心のバランスを崩して仕事を辞めて引きこもりニートになりました。

そこからどうやって社会復帰するに至ったかはおいおい語るとして。

 

僕が一番実感したのは、引きこもりニートから脱出してからが本当の勝負だ

ということです。

 

引きこもりニートを脱出してから最初の仕事は家族経営の小さな会社でした。

社員(役員も含む)は経営者の親族プラス僕だけ。

 

今となっては笑い話ですが、会社が夏休みに入る前日に「休み明けまでに

ビルの内装なおしておいて」と言われ、なぜか僕だけ夏休みなしでした。

しかも予算がないから業者を使わずにすべて自分でやれってどういうこと!?

 

引きこもりニートから脱するときは、

なかなか余裕をもって仕事を選ぶことが難しいと思います。

主に精神的な問題で。

 

だからこういった理不尽な企業に遭遇しがちです。

 

でも、ここで心が折れて「やっぱり俺には働くなんて無理なんだ」と

また引きこもりニートに戻ってしまうのは残念すぎますよね。

 

僕は、引きこもりニートを脱してから経験するいくつかの仕事は

あくまで社会に復帰するための踏み台に過ぎないと考えています。

 

そう、社会復帰するはじめての仕事が一生の仕事ではないんです!

その仕事は踏み越えるものなんです!

俺は一生ここでこき使われて終わるんだなんて思わないでください!

 

引きこもりニートからの脱出をはたしたけど今の仕事がキツい、

会社が合わないと思っているなら、それは次のステップに進む合図です。

 

僕はこれから社会復帰後3社目にチャレンジするところです。

正直、自分の市場価値がどれくらいかわからないので

今回は転職エージェントに相談してみようと考えています。

 

元ひきこもりニートって自己評価が異様に低いので、

相場よりも低い給与で社会復帰するケースが多いんじゃないかな。

 

それを察知してあからさまに給与を値切る会社もありますからね。

 

勇気を出して専門家の力を借りてみようと思います。

 

人生にはもっと別のカタチがある。

ためしてみる前から妥協するなんて頭が良いフリをしたアホのすることだ

こんにちは。

元引きこもりニートの仁です。

 

この連休中、僕は結婚後の新居さがしに行ってきました。

 

新居と言っても元ひきこもりニートで低収入、おまけに借金持ちの僕には

家を建てたり買ったりなんて今は当然できないわけで。

 

むしろ引っ越しの初期費用すら捻出できるかどうか危ういという状況です。

 

それでも、僕は楽しく生きていきたい!

 

楽しく生きるために、どんな家に住みたいか?

今のふがいない状況をいったん頭から追い出して考えました。

 

思いついたのはこんな感じ。

・2人とも通勤が1時間以内の場所にある

・下町情緒の残った楽しい街で

・駅が近く複数の路線が使用可能な

・書斎のある一戸建て

 

おいおい、そんな高望みできる身分か?

せまい安アパートに2人で住んでお金を貯めようってのが妥当なんじゃないの?

 

分かってはいるんです。

けれど最初から諦めてしまう人生なんて純粋に楽しくない。

 

諦めて妥協するのはいつでもできるんですよ。

いつでもできるんだから、ためしてみてダメだったら妥協すればいい。

ためす前から妥協するなんて頭が良いフリをしたアホですよ!

 

不動産屋のお兄さんにも正直にそのまま伝えました。

 

結果は、ほぼ希望どおりの物件が見つかりました!

築年数は30年と結構古いし、広くはないけれど、2人で暮らすには十分。

しかも屋上に秘密基地のような小屋があって男としてワクワクが止まりません!

家賃もあっさり予算内。

 

不動産屋のお兄さんも僕らの「楽しさ優先」の考え方をよく理解してくださり

的確な提案をしてくれたので、わずか数時間で決定しました。

まぁ、そもそも候補が1件しかなかったみたいなんですが。

 

とにかく、元ひきこもりニートで借金持ちのダメ人間である僕は

また一歩たのしい生活に向けて前に進むことになりました。

 

まずは自分の望んでいることをはっきりさせること。

何かを望むのは恥ずかしいことではありません。

 

次は仕事をなんとかしたいなぁ。

仕事に関して望んでいること、考えてみよう。

 

人生にはもっと別のカタチがある。

一寸先まで見えていれば前に進むことができる

こんにちは。

元引きこもりニートの仁です。

 

今日は新居さがしのため午前中から不動産屋に行ってきます。

ヨメとは「古くてもいいから楽しい街、楽しい家に住みたいね」

と話をしています。

 

今、都内の家賃はどんどん上がっています。

きっと東京オリンピックまではこのまま上がり続けるでしょうね。

 

今の僕の収入は男ひとりがやっと生活できる程度です。

借金の返済がありますからね。

ヨメの収入を合わせてやっと普通に生活できるかなといった感じ。

 

子供ができてヨメが働けなくなったらと考えると正直不安はあります。

けれど、そのために我慢して「楽しくない街、楽しくない家」に住むという

選択はありません。

 

仕事も、住む場所も、消去法ではなく、望む方向にむかって進もう。

 

安全、安心のために今を犠牲にしたくはありません。

安全を求めない生き方とは、崖から飛び降りて、落ちていきながら翼をつくる生き方である 

 

僕の人生はいま、まさに「一寸先は闇」といった状況です。

しかし、一寸先まで見えていれば前に進むことができます。

逆に言えば、進んでみないとその先は見えないのです。

 

一歩一歩前に進み、一つ一つ問題を解決していこう。

 

人生にはもっと別のカタチがある。

 

 

絶対に死なないという安心と生きているだけでいいのかという葛藤

こんにちは。

ダメ人間のまま楽しく生きたい!仁です。

 

僕はすこし前まで引きこもりのニートでした。

前の職場で心のバランスを崩し、仕事をやめました。

 

今考えると取り返しのつかないことになる前にやめられて良かった!

貯金なんてなかったのでニート時代の生活費はすべてカードローンですが。。。

地味に返済がキツい!

 

僕には引きこもりのニートをさせてくれる親はいません。

だからこそ「もう働かないとヤバい!」という状況になって

なんとか動き出すことができました。

 

普通に就職活動をする勇気は出なかったので、恥をすてて何人もの知り合いに

相談して仕事にありつきました。

 

数少ない友人たちも「おごるから飲みに行こうぜ」とか

「住むとこなくなったら俺ん家くればいいじゃん」などと言ってくれました。

 

僕はきっと路頭に迷うようなことがあっても絶対に死なない。

これがどんなに大きな安心を生むか。

 

こうして僕はダメ人間なりに楽しく生きようと決めました。

失敗しても死なないなら、どうせなら楽しいほうがいい。

 

そうすると欲が出てくるんですね。

今は男ひとり生活するのにやっと足りるくらいの収入しかありません。

仕事はちょっと勉強すればだれでもできるような内容です。

周囲のモチベーションも高くはありません。

 

本当はもっと自由に使えるお金が欲しい!

本当はもっと充実した仕事がしたい!

本当はもっとエネルギーにあふれた人たちとつきあいたい!

 

これはある意味で強迫観念です。

お前はこのままでいいのか?

ただ生きているだけで満足なのか?

 

このような強迫観念に縛られると、きっとまた心のバランスを崩してしまいます。

 

本当は生きているだけでいいんだと思います。

今の状況にまず満足すること。

そして、そのうえでより多くを望むこと。

 

僕は今の生活にとても満足している。

ただもっと欲しいだけなのだ。

 

人生にはもっと別のカタチがある。

相手の失礼な言動に対して素直に悲しいと言える人間でありたい

こんにちは。

元引きこもりニートで現在絶賛転職活動中の仁です。

 

私のようなダメ人間にもなぜかヨメができまして。

最近新居をさがしはじめたところです。

古くてもいいから一戸建てを借りれたら楽しいねーなんて話してます。

 

さて、部屋さがしのときに「なんだかなぁ」と思うような経験をされた方って

結構おおいんじゃないでしょうか。

 

僕も内見の予約をしていざ現地に行ってみたら「今日は見れません」と

管理会社から電話がかかってきたことがあります。

 

そのときは「ひとの時間をなんだと思ってるんだ!約束をまもらないような

人間の家なんかこっちから願い下げだ!」

とずいぶん怒りました。

 

しかし、それからしばらくしてふと考えたんです。

 

失礼な言動をするひとに対して

「あいつは礼儀がなってない!けしからん!」

と怒るのではなく

「自分がないがしろにされた気がして悲しい」

と素直に言える人間でありたいなぁ、と。

 

相手が悪いのは確かです。

しかし相手がいかに礼儀のない人間だとしても、会ったことのない他人です。

冷静に考えれば関わらなければいいだけで、怒るほどのことではありません。

ならなぜ僕は怒ったのか。

それは相手が自分のことを尊重してくれなかったと感じて悲しかったからです。

 

怒りという感情の裏には必ず悲しみという感情があります。

悲しみの感情をごまかすために怒るんです。

けれどいくら正論をまくしたてたところで、悲しみは癒えません。

 

悲しみは「怒る」という外向きの行為ではなく、

「向き合う」という内向きの行為でしか癒すことはできないんですね。

 

だから僕は、失礼な人の言動に

「ないがしろにされて悲しい」

と素直に言える人間でありたい。

 

人生にはもっと別のカタチがある。

元引きこもりニートで借金200万のダメ人間が結婚することになった話

こんにちは。

元引きこもりニートで絶賛借金返済中の仁です。

 

タイトルにもある通り、こんなダメ人間が結婚することになりました。

こんな僕がまさかねぇ。一生独身だと思ってた。

 

うれしいのはもちろんなんですが、いろいろと不安なことも多いです。

・社会復帰したての元引きこもりニート(再発の恐怖!)

・薄給社畜(ボーナス・残業代出ません!)

・借金200万(毎月の返済が・・・)

 

え?これって普通結婚しちゃいけない人じゃん。

うちのヨメさんよくこんなやつ選んだな。

 

しかし、何度でも言います。

人生にはもっと別のカタチもある!

 

正直な話、早く子供が欲しいというのが夫婦の共通認識なので

このままではどうにもヤバいんです。

だって生まれたら1馬力で生活しなきゃならんのですよ?

今の僕にはとうていヨメとこどもを養う能力なんてありません。

能力というか、はっきり言ってカネがありません!

 

なのでもっと収入を増やす手段を考えないといけません。

そして子供ができたらなるべく一緒にいたいという願望もあるので

できれば在宅、あるいは週2日程度の出社でできる仕事を!

 

社会不適合者がよくばりすぎだって?

いいえ、自分の願望を知るのはとても大切なことです。

 

最初から無理だとあきらめたらそこで試合終了。

家族のため早朝から深夜まで休みなく働いてほとんど顔をあわせず

育児をまかせきりのヨメはノイローゼになって実家に帰り・・・

なんて未来が見えてしまいます。

 

ぜったいにそうはさせません。

今までの人生なんてクソくらえ!

 

きっと大丈夫。

人生にはもっと別のカタチがある。

あたらしいことを始めるならアウトプット先は慎重にえらぼう

こんにちは。

元ひきこもりニートの和装作家ブロガー仁です。

 

僕はここ最近、ふだんからきものを着たり、きものを作ったりしています。

けれど別にきものの着付けを習ったり、和裁を習ったりしたことはありません。

今のところ独学です。

独学どころか、女性もののきものを着たり、踊り用の帯を使ったり

割と自由に楽しんでいます。

 

こういうことをやっていると必ずといっていいほど遭遇するのが

あれこれと野暮なつっこみを入れてくる知識人(あるいは知識人気取りの人)や

自分のほうが上だとアピールしたくて威嚇してくる人たちです。

 

これってきっとどんな分野にもあてはまりますよね。

音楽とかすごそう。

 

ものごとを新しくはじめるというのはすばらしいことです。

誰もが初心者である状態からスタートします。

 

子供のころはこの「初心者期間」を比較的やさしく受け入れてもらえますが

なぜか大人になると「初心者期間」の人のレベルの低さを嘲笑したり

アドバイスのふりをして自分の考えを押し付けようとしてくる人が多く出現します。

せっかく灯した情熱の火が彼らによって簡単に吹き消されてしまうんですね。

 

何かあたらしいことをはじめるなら、まずは小さなろうそくの火のように灯った

「やりたい」という気持ちが、ある程度つよく大きな炎に育つまで守り切ること

がとても大切です。

 

僕は以前、偶然知り合った裕福なご婦人に古いきものをいただいたことがあります。

そのときにこんなアドバイスをいただきました。

 

「きものはね、『あなた素敵ね』って言ってくれる人がいるところに着ていきなさい。

口うるさいひとが集まる場所に着ていったら着るのがいやになっちゃうでしょ?」

 

きものに限らず、勉強でもアートでもなんでもそうだと思いますが

インプットするだけでなく、アウトプットすることが大切だと言われます。

けれどそれでうるさいことを言われてやる気がなくなってしまっては意味がない。

 

初心者のうちから「そんな打たれ弱くてやっていけるのか?」なんてことは

考えなくていいんです。

自信や強さはある程度の経験を積むことではじめて生まれるわけで

最初からそれを求めるということ自体がナンセンスだと彼らは気付いていないんです。

 

アウトプットするなということではありません。

「初心者期間」であるほどアウトプット先は慎重にえらぼう、ということです。

 

なにより「やる気」を育てることを優先すれば新しいことをはじめるのは怖くない。

僕はどんどん新しいことにチャレンジしますよ。

 

人生にはもっと別のカタチがある。